2019年4月2日火曜日

『MCRO』読破のための読書録
『資本コストを活かす経営 推計と応用』

『モンテカルロ法によるリアル・オプション分析』(大野 薫)を読むための読書録です。

今回は、『資本コストを活かす経営 推計と応用』(シャノン・P・プラット)です。

分野は、コーポレートファイナンスです。

書籍の目次

第1部 資本コストの基礎

 (資本コストの定義;資本コスト応用へのイントロダクション―バリュエーションとプロジェクト選択;純キャッシュフロー―望ましい収益の尺度 ほか)

第2部 株式資本コストの推計

 (ビルドアップモデル;CAPM(資本資産価格モデル);ベータの適切な使用 ほか)

第3部 資本コストに関連したその他の話題

 (資本コストの少数株主対支配の含意;市場性がない場合の割引の取扱い;資本コストはいかにバリュエーションの超過収益法に関連しているか ほか)

手に取った背景

本書を手に取ったのは、ファイナンスの入門本を読んで資本コストやCAPM理論の記述を見ても、なぜCAPMが株主資本コストの説明として妥当と考えられているのかよくわからなかったからです。

本書も発行1998年とかなり古いのですが、先に、『資本コストの理論と実務―新しい企業価値の探究』(マイケル・エアハルト)という負けず劣らずの古典(原著発行が1994年)を読みました。そちらの本では、実際に資本コストを設定する時にこのようなところで困る、つまづく、というところを丁寧に解説しており、資本コストの輪郭をつかむことができました。

ただ、そもそもCAPMが前提としている様々な仮定や、そこからの実務的な拡張という点では、まだ腑に落ちないところがありました。例えば以下のような点です。

純粋なCAPMでは基本的に個別の株式のリスクをβだけで区別するが、それだけで本当に充分なの?会社ごとにもっと違いがあるんじゃないの?

もう少し、CAPM理論の基礎を理解したい、と考え別の古典として本書を手に取りました。

本の特徴

この本は、もともとアメリカ人の著者によって書かれたものです。

訳書『資本コストを活かす経営 推計と応用』(1999)

原題『Cost of Capital』(1998)

この本については、冒頭で次のように紹介されています。

「本書は資本コストの基本的考え方から様々な計算の仕方、実務における応用の仕方までを記述した資本コストに関する総合的書物である。」(訳者はしがき)

ロジャー・イボットソン氏の「推薦の言葉」として次のように評されています。

「この本は資本コストの標準参考書になろう。」「この本を私の参考図書に加えられることは個人的に非常に嬉しい。」

私が通読したところ、確かにこの本は、ファイナンスの入門本を読んだ後に「資本コスト意味わからない」と思った時の一番最初に読むべき基本書であると感じました。

そもそも私自身、ファイナンスを学び始めたばかりで碌な蓄積がないので「他の定番書より絶対優れている」等と言うつもりは全くありませんが、個人的な経験の範囲ではとてもいい本だと思います。

TOPICS

特に、自分にとって新たな学びがあったところをいくつかあげたいと思います。

01. 資本コスト:簿価ベースではなく時価ベース

02. 資本コストの中身

03. リスクと資本コストの関係

04. 株主資本コストの推計手法

05. 買収判断

06. その他

01. 資本コスト:簿価ベースではなく時価ベース

「資本コストは簿価ではなく時価に基づく」(P8)

とあるように、資本コストは、簿価でなく時価に対する期待収益率です。

資本コストは、出資などの資金調達(例えば投資家がその会社の株式を買った場合)にどれくらいの見返りを求められるか、という水準です。

したがって、投資家が株価100円の時に株を買って投資して(=出資して)いるとしたら、その見返りは100円の時価に対して何%なのかという話であって、その時の会社帳簿に記録されている株主資本簿価(会社が過去に受けた出資や過去に稼いだお金の累積)は関係ありません。

これは当たり前のことではあるのですが、当たり前すぎてどの本にも最初に明示的に書かれていなかった気がします。

この本は、基本書としてこういう当たり前のことから始めてくれます。この痒い所に手が届く感じが私が本書を薦める理由です。

ただ、資本コストはあくまでツールであってこのツールが何に使われるのかが本筋ですので、先にコーポレートファイナンスの入門本を読んで、資本コストについて掘り下げたいと思ったときにぜひ本書を読んでいただきたいと思います。

02. 資本コストの中身

「資本コストは投資家の期待を反映する。こうした期待にはいくつかの要素がある。」(P7)

として、この期待が「無リスクで自分のお金を使わせる代わりにうることを期待する実質的収益率」、「期待インフレ」、「リスク」で構成されていることが説明されています。CAPMではインフレ率の話は出てこないですが、前述の3つのうち前者2つがリスクフリーレートに包含されていると考えられます。

また、最後の「リスク」については、第5章「リスクと資本コストの関係」において掘り下げられます。

03. リスクと資本コストの関係

資本市場理論はリスクを3つの要素に分解します。

①満期リスク

②システマティックリスク

③アンシステマティックリスク

①満期リスクというのは、CAPMの中に出てくる「リスクフリーレート」に織り込まれているリスクです。

えっ?リスクフリーなのにリスクあるの?という気持ちになると思いますが、以下のように説明されています。

「我々が米国国債利回りを無リスク金利と言う時、ディフォルトの観点で無リスクと言っているのであり、満期リスクは別に存在する。」(P38)

P63ではもう少し具体的に、無リスク金利は、貸出金利、インフレ率、満期リスクの3つを反映するということが書かれています。

次に、③アンシステマティックリスクですが、これは市場自体以外のファクター、つまり産業や個別の会社に特有のリスクのことを指しています。

私がCAPMに抱いていた一番の違和感がこれで、

「こういうリスクがあるはずなのに、CAPMでこうしたリスクを無視しているのはなぜ?」

と感じていました。この疑問が、この本の次の説明で氷解します。それは、次のような考え方を取っているからです。

③アンシステマティックリスク(企業リスク)はポートフォリオ組めば削減できるので、投資家はこれを要求できないという考え方。

つまり、(現実はそうではないが)投資家が皆ポートフォリオを組んでリスク分散していると仮定すると、1社1社の③アンシステマティックリスク(個別の株式ごとに特有のリスク)は削減されて無視できるようになり、リスクがないのでリターンも求めません。したがって、企業サイドから見ても③アンシステマティックリスクに見合った資本コストを払う必要が生じない、ということです。

注意点としては、リスク分散のためのポートフォリオ投資が可能な場合、ということなので、そうではないシチュエーションでは資本コストに③アンシステマティックリスクを織り込む必要がある、ということです。

まとめると、最もシンプルな形のCAPMでは、次のようになります。

①満期リスク→リスクフリーレートとして織り込まれる。

②システマティックリスク→β、リスクプレミアムとして織り込まれる。

③アンシステマティックリスク→分散投資で削減できるので織り込まれない。

これは次のような仮定から導かれます。

■CAPMの仮定(P83)

投資家は、

①リスク回避的。

②十分分散されたポートフォリオを持とうとする。

③同じ投資期間を持つ。

④同じ期待を持つ。


⑤取引コスト

⑥税

のいずれも存在せず。


⑦貸出と借入の金利が同じ。

⑧市場の流動性十分。

04. 株主資本コストの推計手法

本書では、株主資本コストの推計手法として「ビルドアップモデル」と「CAPM」が取り上げられています。

ビルドアップモデルというのは、この本で初めて読んだ用語ですが、次のように推計するモデルだそうです。

株主資本コスト

=①リスクフリーレート

+②株式RP

+③小規模RP

+④企業特有RP

CAPMでは③④のリスクプレミアム(の一部)がβに形を変えて織り込まれます。つまりCAPMと近しいですが、少し切り口を変えたモデルといったところでしょうか。

このように、この本では『資本コストの理論と実務―新しい企業価値の探究』ではほとんど触れられなかったような、βで説明できないリスクプレミアムがたくさん紹介されています。

また、メインのCAPMについては、次のように説明され、基本的な説明から始まり徐々に拡張されていきます。

「CAPMは資本市場理論として知られる大きな経済理論の一部である。」「CAPMは、投資家がポートフォリオ理論によって規定されたように行動すれば起こるであろう市場の関係を記述するポジティブ理論である。」(P76)

収益力の差は株式の価格に織り込まれるので、例えばROSの高低等がCAPMのフォーミュラに基本的に影響しないことが「証券市場線」グラフで説明されている。(P78)

CAPM開発後の多くの実証研究で「規模の小さな企業の実現総収益はCAPMの元々の公式が示唆するより、長期間にわたってかなり高いことが示された」(P80)。

「投資家が関心のある唯一のリスク項目がシステマティックリスクであるとの考え方は、すべてのアンシステマティックリスクは、完全にリスク資産が分散されたポートフォリオ、即ち定義によりベータ1.0のポートフォリオを保有することによって削減可能であるとの仮定に基づく」(P81)

「CAPMが小型株について適切に機能するならば、すべてのポートフォリオはグラフの線上に乗るはずだ。しかしほとんどのポートフォリオは線の上側にあり、CAPMは巨大企業以外は株式コストを過小評価することを示唆する。」(P116)

上記のうち、βで説明できないサイズプレミアムについて私は、小さい企業は安定してなくて「危険だから」プレミアム乗せないと!というイメージ(印象)で捉えていました。そのイメージも一面では正しいと思いますが、一方で収益率は過去の市場を観察して平均すると、小さい企業のほうが収益率がよいから期待収益率も上乗せするのが正しいということが説明されています。

CAPMでは、サイズリスクプレミアムについても、大小さまざまな企業に投資すれば、リスクが削減できるので期待リターンに織り込む必要がない、というのが基本的な考え方のようです。

私は、こうした分散投資で消えるリスクに対するリターンは求めないというCAPMの理屈も理解できますが、自社が個別に投資家と対話するときには「あなたは分散投資してるはずだから個別リスクとかサイズリスクとかのプレミアムのせた資本コストをうちに要求しないで」とか言えない気がしています。とはいえやはり、投資家との議論で達成を求められる資本コストと言ったら、普通にそうしたリスクを織り込まないシンプルなCAPMベースの資本コストを指して会話してる気もします。この辺りはよく自分の頭で整理できていません。

なお、本書では上記のような、β以外のリスクについて拡張したモデルとしてが以下が紹介されています。

(P81)拡張CAPMの資本コスト公式:

期待収益率(資本コスト)

=①リスクフリーレート

+②β×株式市場一般のリスクプレミアム

+③サイズプレミアム

+④企業特有のリスクプレミアム

05. 買収判断

買収検討のためのアドバイザーが作成する評価レポートでは、上記のような拡張CAPMが使用されることが多いように思います(私の経験が少ないので一般論ではありません)。

これに関連し、示唆のあった文章を紹介します。

「買収の際に適切な資本コストは、ターゲット企業よりも買い手の資本コストだと主張するアナリストもいる。この考え方は公正価値(仮定的な買い手と売り手が所有物を売買する時の価格)ではなく、投資価値(特定の買い手と売り手にとっての価値)の考え方に基づく。」(P142)

「特定の投資家にとっての特定の投資の推定資本コストが、市場のコンセンサスと異なる見方で決められるならば、公正価値(コンセンサス価値)の標準ではなく、投資価値(投資家の独特の認識や状況に左右される特定の投資家にとっての価値)になる。」(P142)

これを読んで、「そうか、公正価値か投資価値っていう言い方するとしっくりくるな」と思いました。こういう見方で、状況に応じて適正な割引率かどうか整理する必要があるということですね。

06. その他

この本の後半には、第3部「資本コストに関連したその他の話題」として、色々な興味深い話題が出てきます。具体的には、公的機関やその周辺での資本コストの活用、資本コストを用いるうえでのよくある誤り、などです。いくつか紹介します。

「バリュエーションの超過収益法はもともと無形資産、特に営業権のような無形資産を評価するために作られた。禁酒のために醸造企業が被る営業権の経済的損失を米国政府がいくら補償すればよいかを決めるために作られた。」(P149)

「バリュエーションと収益率の問題で、裁判所は金融界で使われている財務の意思決定の現実を反映させようとしている。多くの場面で資本コストを適切に決定するために現代資本市場理論を利用しようと試みている。」(P170)

例)贈与税評価、婚姻資産評価、公的料金設定等。

この本読むと、減損判定資料などを監査する会計士は、コーポレートファイナンスの習熟必須だと感じました。

減損判定シートが理屈として正しくできてるかは、コーポレートファイナンスを勉強しないと全然見抜けないであろうと思います。例えば、割引率の根拠が妥当か、CFと割引率の定義の整合性、CFに成長投資を含むかどうか、などなど。

自分がファイナンスを勉強し始めてからは、会計学徒にとってもファイナンスの議論を知っているかどうかは、かなり重要なことだと感じるようになりました。ファイナンスはちょっと、、などと言わずにぜひ手を出してみてください。

以上です。

(End of the article)

  
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