2019年4月2日火曜日

『MCRO』読破のための読書録
『資本コストの理論と実務―新しい企業価値の探究』

『モンテカルロ法によるリアル・オプション分析』(大野 薫)を読むための読書録です。

今回は、『資本コストの理論と実務―新しい企業価値の探究』(マイケル・エアハルト)です。

分野は、コーポレートファイナンスです。

書籍の目次

第1章 価値の探究:資本コストの算出

第2章 なぜ加重平均資本コストを使うか

第3章 加重平均資本コストをいかに推計するか

第4章 事業部、プロジェクト、非公開企業の資本コスト

第5章 発行コストと長期プロジェクト

第6章 公益企業と金融機関の資本コスト

第7章 国際経済における資本コスト

第8章 戦略的オプションの評価:DCF法が機能しない場合

手に取った背景

本書を手に取ったのは、ファイナンスの入門本を読んで資本コストやCAPM理論の記述を見ても、なぜCAPMが株主資本コストの説明として妥当と考えられているのかよくわからなかったからです。

具体的には、以下のような色々な疑問がありました。

■株主資本コストがなぜ市場の株価との連動性で語られるのかよくわからない。資本コスト≒リスクの高さ≒期待リターンというイメージで説明されるが、期待リターンの高さとかいうのはその会社の収益性が高いとかそういうことは関係ないの?

■資本コストは資本の調達に係るコストだが、加重平均資本コスト(WACC)をなぜ時価で加重平均するの?

■CAPMって実務では普通に使われているけど、どこまで妥当性があってどこまで実務的な割り切りがされているの?

などなど。

本書を読んでいるうちに解決した疑問もあるし、ペンディングの疑問もあるのですが、まずはこの本の特徴(良いところ)を書いてみたいと思います。

本の特徴

この本は、やや古い本です。

訳書『資本コストの理論と実務―新しい企業価値の探究』(2001)

原題『The Search For Value - Measuring The Company's Cost Of Capital』(1994)

当時は米国のMBAのファイナンスのテキストとして使われていたとのことです。資本コストの設定に当たってどこが論点になるか、という考え方がふんだんに書かれていますが、そうした本質的な部分は今も有効な内容であるように感じました。

この本の特徴は次のような点です。

■資本コストの推定方法について膨大な関連研究をもとに、ケース別の複数のアプローチの特徴やメリットデメリットを紹介してる。

■面白いのは、各推定方法について過去の研究で研究者間にコンセンサスがあるか、筆者は何を根拠にどちらを推奨するか、といったことを説明している点。

■また、そのアプローチが実証研究でどう評価されているかとか、実務でどういう取り扱いをしている会社が多いかを多く取り上げている(例えば、WACCの加重で理想は時価だが簿価を使ってる企業は結構あるとか、リスクフリーレートは本当は期間に応じて変わるがそこまで実務ではそこまで考慮するのは困難であるとか)。

■アプローチを複数紹介してくれるので、逆に主流の方法の特徴がつかみやすい(配当成長モデルvsCAPMとか)。

■実際に資本コストを設定しようとするとここで困るはず、ということをよく拾ってる。

■古い本だが、資本コストの本質は変わってないのだなと感じた。

■あまり実務的ではないとしながらもこういう特殊なケースではこういうアプローチが有りうる、として各章の最後に付録として補足されている。

TOPICS

特に、自分にとって新たな学びがあったところをいくつかあげたいと思います。

01. CAPM以外の株主資本コスト算定の理論

02. 算術平均か幾何平均か

03. WACCは時価で加重平均する

04. 非公開会社の株主資本コスト

05. リアルオプションとは

06. 結局、CAPMってなに?

01. CAPM以外の株主資本コスト算定の理論

本書では、株主資本コストの推計モデルとして、配当成長モデルとCAPMが紹介されています。

配当成長モデルは、「株価=将来配当予測を株主資本コストで割り引いた現在価値」とみなして、株価という現時点の市場価格と配当の成長率からそこに織り込まれた株主資本コストを逆算しようというモデルです。

比較対象として別の理論を紹介されると、逆にそれぞれの特徴がわかりやすくなり、理解が進みます。

02. 算術平均か幾何平均か

CAPMにおけるマーケットプレミアムの推定に、ヒストリカルアベレージアプローチ、つまり過去データを参照しようというものがあるのですが、このとき、算術平均か幾何平均かどちらを使うべきか、という議論がP59に記載されています。

結論は、長期保有想定なら幾何平均、短期でポートフォリオを入れ替える想定なら算術平均が推奨され、また期待収益率という概念に近いのは算術平均であることが説明されています。

投資後、基本的には放置するタイプの年金運用をイメージしながら、投資収益率は幾何平均が適切とイメージしていましたが、なにが適切かは投資期間による、ということですね。

03. WACCは時価で加重平均する

WACCはなぜ時価で加重平均するか?というのが常々疑問でした。以下の記載は本書に書かれた説明ではないことをお断りしておきますが、本書の記載も踏まえ、私は以下のように頭を整理しました。

資本コストは、資本の調達コストです。なので、実際に会社に払込まれた資本(に近い)簿価を使うのが自然と考えていました。つまり「株価(時価)は、出資を受けた金額ではない」ので、時価で加重平均するのはおかしいような気がしていました。

ですが、実は「株価(時価)は、現時点の出資額」と考えることができるのではないか、と考えています。その考え(仮説)を説明してみたいと思います。

■まず、当初現金で払込まれた出資額に対して、株主は配当と株の値上がり益という形でリターンを得る。


■このとき、値上がり益は、企業が過去に直接稼得したものからもたらされたものではない。

■しかしながら、値上がり益は、「この企業は将来稼ぐ」という期待、つまり企業価値の向上から生じたものであり、企業の努力により株主にもたらされたものに他ならない。

■つまり、株価の値上がり益は、企業が企業価値を高めてその価値を株主に分配したものと捉えることができる。


■ここで株主が株保有を継続する場合、その分配された価値は企業に再投資された(更なるリターンを求めて投資続行)と考えることはできないだろうか。

■なぜならば、企業がその出資をその時点で清算する場合には、自己株式取得を時価で行わなければならないからだ。

■言い換えれば、(A)値上がり→(B)自己株取得→(C)再度株式発行して出資受付したとイメージすると「株価(時価)=現時点の出資額」と考えることができる。


■ありもしない自己株取得を勝手に捏造するなどナンセンスという気になるかもしれないが、ポイントは「値上がりは過去のこと、既に株主に稼得された(帰属した)リターンである」ということ。


■株主は、常に最新の時価に対して一定のリターンを求めるものである。

■株主は、その値上がり株式を市場で売れば別の金融商品に新たに出資できるので、過去の取得原価に対してこれまでいくら儲けさせてもらったかなどは、将来の期待リターン(資本コスト)には関係ない。

■上記のような継続株主だけではなく、旧株主から株式を買った新株主にとっても、まさしく取得時の株価が金銭支出額であり出資額である。

まとめると、

・企業にとっても←「出資の清算に必要な金額」

・従来株主にとっても←「取得原価+すでに稼得した値上がり益リターン再投資」

・新株主にとっても←「値上がり後の株価が出資額そのもの」

という観点で、「株価(時価)は、現時点の出資額」といえるのではないか。

かなり回りくどいですが、ここまで話を広げてようやく自分の中では腑に落ちました(無意味に遠回りして理屈をこね繰り回しているだけのような気はしていますが)。

基本的には、「投資家は現時点では現時点の株価に対して一定リターンを求める、だから全て時価ベース」以上!で終わりの話だと思うのですが、なかなかそれだけでは腹落ちできなかったので、上記のような思考をしました。

本書では、「問題は新たに調達した資本のコストに対してプロジェクトがいくら収益をあげるかであり、古い資本に対するものではない。」(P73)と端的に説明されています。

04. 非公開会社の株主資本コスト

本書の第4章では、事業部ごとのβや非公開会社のβの推定方法について、解説されています。

方法1:ピュアプレイアプローチ。当該事業と同種の事業のみを行っている(=ピュアプレイ)の会社をサンプリングして当該事業のβを推計する方法。

■方法2:重回帰分析アプローチ。一つの会社のβが、その会社の複数事業のβを売上規模で加重平均したものとみなして、当該事業を含む当会社をサンプリングして回帰分析により当該事業のβを推計する方法。

実務でも、事業部門のみを買収したり、非上場会社を買収したりするときに、競合他社のβから当該事業あるいは当該会社の資本コストを推定し、DCF法で企業価値評価をする、という事例をいくつか見たことがあって(直接担当をしたことはまだありません)、回覧されてきた評価レポートのあの部分の意味はこういうことだったんだ~と思いながら読むことができました。

05. リアルオプションとは

まさに、『モンテカルロ法によるリアル・オプション分析』のテーマであるリアルオプションについて、本書の第8章「戦略的オプションの評価:DCF法が機能しない場合」で紹介されています。

これが、とてもわかりやすかったです。本書の事例を読んで私がわかりやすいであろう例として思いついたものを一つ紹介します。

①研究開発投資を計画している。ただ、この投資は市場に売り込むためのサンプル品を作ることである。したがって単独では、投資に見合った利益が見込めない。

②ただし、この研究開発していたからこそ数年後にその分野の市場が拡大したときにスムーズに参入できるかもしれない。

⇒このとき、市場拡大の度合いを見て本格参入するかどうか決める権利(オプション)を最初の研究開発投資をした時点で得たと考えることができる。

つまり、①の最初の投資自体をしなかった場合は、②のオプション自体が取得できないので、①の投資自体に②の価値もある(内在するオプション価値、と呼ばれます)と考えることができる。

すると、この研究開発投資の評価は①プロジェクト単体としての価値+②オプションとしての価値と評価することができる。この②のことをリアルオプションという。

このように、金融商品じゃないけどオプション(行使してもしなくてもよい権利)をリアルオプションといいます。金融商品のオプションを、単にオプションといいますが、詳しくは以下のページにまとめています。

上記研究開発投資の事例でいうと、最初の投資をしたときに発生する、将来において価値が生まれうる選択権(市場参入するorしない)という経営上の柔軟性を、価値あるものとしてプロジェクトの評価に織り込もうというのがリアルオプション的な考え方です。

大学受験や資格試験に対する投資も、リアルオプションを含むということがいえると思います。

リアルオプションの考え方に立てば、実際に取得した資格を使って就職できたかどうかという結果論でこの投資の費用対効果を考えるのは正しくないでしょう。なぜならば、その資格を活かしたなにかを選択し得るというオプションを手にできるということに、投資時点で価値があるはずだからです。

リアルオプションは、わざわざ理論立てなくても実は会社の意思決定で当たり前に考慮されている話(目先の儲けに結びつかなくても研究開発投資が必要とか、プロジェクトの方向性を途中で変える柔軟性を確保できるとよいとか)ですが、普通は話としては理解されるもののあまり定量的に比較分析されていないと思うのですよね。

『モンテカルロ法によるリアル・オプション分析』の続きの章を読み進めるのが楽しみになりました。

06. 結局、資本コストってなに?CAPMってなに?

結局この本を読んだ後も、まだ自分が正しく理解できているとは思えないのですが、今のところの自分のイメージをまとめておきます(本書の内容とは直接関係ありません)。

(疑問1)資本コストと収益力の関係は?

普通に事業会社で収益性、収益力というと、ROSとかROAとかをイメージしてしまうのですが、それと資本コスト=期待リターンの話との関係がよくわからなかったのですが現時点は次のようにイメージしています。

■同一規模のA社、B社があって、収益のバラツキ方が同じくらい(つまり、株主資本コストのβが同じ)とする。

■A社は業績〇、B社は×。

■このとき、なんとなく、A社の期待リターンは高くてB社の期待リターンは低いような気がする。

■だが実際には、A社は買いが入って株価上昇、B社は売りが入って株価下落。

■株価に対する期待収益(期待リターン額/株価)はA社、B社ともに同水準に調整される。

■だからその会社が(総資産に対して)利益率が高いとかは株主の期待リターン率=資本コストに関係ない(既に株価に織り込まれているから)。

■つまり、A社、B社が同じくらいの資本コストという評価になっても別におかしくない。


(疑問2)CAPMとは?

疑問1に対するイメージが正しいとすれば、CAPMは次のようなものだと考えています。

■上記のA社とB社のように、「株価に裁定取引生じる場合はすぐに補正される」と考えれば、

■期待リターン率は、市場のどの株を買っても似たようなものになるはず(期待リターン率が現時点でリスクに比べて高いとすれば、すぐに値段が上がって期待リターン率が他と同じ水準まで下がるはず)。

■ただ、個々の株によってバクチ要素が強い事業の会社か(リスク大)、だいたい景気連動しそうな会社か(リスク中)、景気にあまり左右されずに安定している会社か(リスク小)くらいの違いはあるはずで、それを織込んでおこう(=会社毎のβ値)。

ただ、他にもたくさん会社によって色んなリスクあると思うのですよね。カントリーリスクとか。それはどこに織り込まれているのかな?と考えていたのですが、実際の実務では、βの外で無理やり調整するようです。

これを読んで、やはりβですべてを表現とかいうことは無理なんだな、というもともともっていた印象が再確認されました。

また、

■ただ、個々の株によってバクチ要素が強い事業の会社か(リスク大)、だいたい景気連動しそうな会社か(リスク中)、景気にあまり左右されずに安定している会社か(リスク小)くらいの違いはあるはずで、それを織込んでおこう(=会社毎のβ値)。

という私のイメージが正しいとすると、これを過去の株価が市場全体のバラつきに比べてどれくらいバラついていたか(ヒストリカルβ)で推定しようというのはとても無理がある気がします。

理解が間違っているのかもしれませんが、次の本でヒントが見つかるといいなと思います。

以上です。

(End of the article)

  
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